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愉快ドリヴン

(n-1)-ベクトルはすべて単項的

1か月くらい前にブログにしようかと思って結局書いてなかったことを思い出したので書いてみます.

はじめに

まず言葉を定義しておきます. Kを体, V K上の n次元ベクトル空間とします. 0 \leq p \leq nに対して \bigwedge^p Vの元を p-ベクトルと呼ぶことにします. p-ベクトルは一般には

\[ \sum_{i=1}^k v_1^{(i)} ∧ \cdots ∧ v_p^{(i)} \; (v_1^{(1)}, \ldots, v_p^{(k)} \in V) \]

の形に表されますが, v_1 ∧ \cdots ∧ v_p (v_1, \ldots, v_p \in V)のように V p個の元の外積で表されるものは単項的,もしくは分解可能であると言われます*1

さて,[1]の70ページに次のような記述がありました.

 V n次元であれば, 0, 1, (n-1), n次のベクトル・コベクトル・捩ベクトル・捩コベクトルはすべて単項的である(証明は各自試みてほしい). 

ここで, p次のベクトルというのは p-ベクトルと同じことです.コベクトル・捩ベクトル・捩コベクトルについてはこの記事では触れません.これを読んだとき, (n-1)-ベクトルが必ず単項的であることの証明がすぐには思いつきませんでした.良くない癖でこういうときにちゃんと時間をかけて考えずに答えを見つけようと調べてしまうのですが,「単項的」という言葉から英語で"monomial"として色々検索しても結局見つからず,Wikipedia[2]に分解可能(decomposable)という言葉を見つけて[3]の証明を発見しました.この証明は一度わかってしまえば簡単で,大層な命題というわけでもない(と思う)のですが,外積の直観的イメージにも合うしおもしろいと感じたので,自分でまとめ直してブログに残してみようと思った次第です*2

なお, 0, 1, nに関してはほぼ自明です.実際, 1-ベクトルは Vの元そのものですし, \bigwedge^0 V \bigwedge^n Vはともに 1次元です.

証明の流れ

 \alpha \in \bigwedge^{n-1} Vとして,これが単項的であることを示すのが目標です.ただし 0は明らかに単項的なので, \alpha \neq 0であるとしておきます.

まず次のような写像を考えます:

\[ f: V → \bigwedge^n V;\; v \mapsto v ∧ \alpha . \]

外積の線形性から fが線形写像であることがわかります.そこで fのランクがどうなっているかを見てみます.そのために Vの基底 e_1, \ldots, e_nをひとつとります.このとき e_1 ∧ \cdots ∧ \widehat{e_i} ∧ \ldots e_nたちは \bigwedge^{n-1} Vの基底となるのでした.ここで, e_1 ∧ \cdots ∧ \widehat{e_i} ∧ \ldots e_n e_i以外の e_jたちを外積したもの,つまり

\[ e_1 ∧ \cdots ∧ \widehat{e_i} ∧ \ldots e_n = e_1 ∧ \cdots ∧ e_{i-1} ∧ e_{i+1} ∧ \cdots ∧ e_n \]

です.これを用いて

\[ \alpha = \sum_{i=1}^n a_i e_1 ∧ \cdots ∧ \widehat{e_i} ∧ \ldots e_n \; (a_1, \ldots, a_n \in K) \]

と表しておきます.すると,外積の交代性・次数付き反対称性を用いて計算して

\[ f(e_i) = (-1)^{i-1} a_i e_1 ∧ \cdots ∧ e_n\]

であることがわかります.つまり, Vの基底 e_1, \ldots, e_n \bigwedge^n Vの基底 e_1 ∧ \cdots ∧ e_nに関する fの行列表示は

\[ \left( \begin{array}{c} a_1 & -a_2 & \cdots & (-1)^{n-1}a_n \end{array} \right) \]

です. \alpha \neq 0と仮定していたことを思い出すと, a_1, \ldots, a_nのうち少なくともひとつは 0ではありません.従ってこの行列のランク,つまり fのランクは 1です.

いわゆる「次元定理」により, fの核が (n-1)次元であることがわかります. \mathrm{ker}fの基底 d_1, \ldots, d_{n-1} をとり,さらに d_1, \ldots, d_n Vの基底となるように d_nをとります.新しい基底を用いて,改めて

\[ \alpha = \sum_{i=1}^n b_i d_1 ∧ \cdots ∧ \widehat{d_i} ∧ \ldots d_n \; (b_1, \ldots, b_n \in K) \]

と表します.上と同様に

\[ f(d_i) = (-1)^{i-1} b_i d_1 ∧ \cdots ∧ d_n\]

であることがわかりますが,定義より d_1, \ldots, d_{n-1} \in \mathrm{ker}f なので, b_1, \ldots, b_{n-1}  0でなくてはなりません.これで

\[ \alpha = b_n d_1 ∧ \cdots d_{n-1} \]

となり, \alpha V (n-1)個の元の外積で表せました.

証明を振り返って

上の証明は「構成的証明」で, (n-1)-ベクトルがどのようにして (n-1)個の 1-ベクトルの外積で表されるかがよく見えてきます.以下は僕が上の証明に対して感じたなんとなくのイメージで,厳密に何かを議論したりはしていません.

そもそも,外積というのは交代的であること,つまり「同じものどうしをかけるとゼロになること」が重要な性質でした.単項的 p-ベクトル v_1 ∧ \cdots ∧ v_p v_1, \ldots, v_pとの外積をとるとゼロになります.そこで,単項的 p-ベクトル \alpha \neq 0 v ∧ \alphaがゼロになるような v \in V p個集めてきてそれらを外積したもの(のスカラー倍)だ,というイメージができます.

ただし, p個といっても何でもいいわけではありません. v_1 ∧ \cdots ∧ v_pがゼロでないことと v_1, \ldots, v_pが1次独立であることが同値な条件でした.つまり, p個の1次独立な 1-ベクトルが必要なわけです.ここから, p-ベクトル \alphaとの外積をとるという線形写像の核を調べれば何かがわかりそうだという気持ちになります.

 p = n-1の場合は,上で示したように (n-1)-ベクトル \alphaとの外積をとるという Vから \bigwedge^n Vへの線形写像の核の次元が n-1になるため, \alphaは自動的に単項的になるのでした.外積をとる写像の終域 \bigwedge^n Vが1次元であるということが本質的な気がしています.

一般の pに対してはこう上手くは行きません.具体例で見てみます. 4次元数ベクトル空間 V = K^4において e_1, \ldots, e_4を標準基底とし, 2-ベクトル \alpha = e_1 ∧ e_2 + e_3 ∧ e_4について考えてみます.このとき e_i ∧ \alphaはいずれもゼロにはなりません.こうして,一般には単項的でない p-ベクトルも存在し,そのようなものは「外積をとってゼロになるような 1-ベクトルたちの外積」としては捉えられないことがわかります.

参考

[1] 谷村省吾『幾何学から物理学へ 物理を圏論微分幾何の言葉で語ろう』サイエンス社,2019.
[2] 外積代数 - Wikipedia(日本語版),Exterior algebra - Wikipedia(英語版)
[3] differential geometry - $(n-1)$-alternative tensor on E are decomposable - Mathematics Stack Exchange
[4] 斎藤毅『線形代数の世界 抽象数学の入り口』東京大学出版会,2007.

*1:余談. 1-ベクトルたちの外積に分解されてはいるんですが,そもそも線形結合の形でも単項的ベクトルたちの和に分解されている気がして,「分解可能(decomposable)」という言葉がしっくりきていません.「分解」といえば積なんだろうか?と思ってちょっと考えてみたんですが,行列のJordan分解とか,測度論で出てくるHahn分解,Jordan分解,Lebesgue分解,あとは「直和分解」なんかも和だしそんなことはなさそうです.

*2:そもそも日本語の一般的な教科書でこれについて書いてあるものもきっとあるとは思うので,それを探せばいいのですが,手元にある本には載っていなかったのでインターネットで検索して手っ取り早く解決してしまいました.