単項的(分解可能)p-ベクトルについて
少し前に書いた記事:
を読み返していて思いついたことのメモ.
を体,を自然数としてを次元ベクトル空間とする.各とに対して,との外積をとるというからへの線形写像をと書くことにする:
\[ f_{p,α} : V → \bigwedge^{p+1} V ;\; v \mapsto α ∧ v . \]
このとき次の定理が成り立つ.
証明:
(必要性)ならば任意のに対してとなるので,である.であり,あるを用いてと表されたとする.このときは1次独立であるので,がの基底となるようにを取ることができる.に対してはとなる.の取り方から各に対しては1次独立となるので,はでない.は1次独立であるので,の基底であり,従ってである.
(十分性)とおき,がの基底,がの基底となるようにを取る.このとき,あるを用いて
\[ α = \sum_{1 \leq i_1 \lt \cdots \lt i_p \leq n} a_{i_1 \cdots i_p} v_{i_1} ∧ \cdots ∧ v_{i_p} \]
と表せる.各に対して
\[ f_{p,α}(v_i) = \sum_{\substack{1 \leq i_1 \lt \cdots \lt i_p \leq n \\ i_1,\ldots,i_p \neq i}} a_{i_1 \cdots i_p} v_{i_1} ∧ \cdots ∧ v_{i_p} ∧ v_i = 0 \]
である.は1次独立であるので,上の式の右辺の各係数はゼロ,つまりがいずれもとは異なるならばである.これがすべてのに対して成り立つので,であるようなに対してはである.
さて,であったので,である.まずの場合を考える.の中にがすべて現れていなければであったので,ならば,ならばとなっていずれも単項的である.次にの場合を考える.ならばであるので,となり単項的である.∎
ちゃんと書こうとすると意外に長くなってしまった.もっと簡潔にできないものか.なお,この定理から直ちに次のことがわかる.
証明:であるので,任意のに対して,また任意のに対してである.よって上の定理から従う.∎
に対してはこの系のように簡単に次元から絞り込むことはできないが,定義を思い出してみれば,の元はtrivialに単項的である.(一応のランクを見てみても,, に対して,, に対してはほぼ明らか.)
以前の記事で挙げた例のでは,はのいずれに対してもゼロにはならないのでである.これはにもにも等しくないので,上の定理からが単項的でないことがわかる.
追記(2019/09/19):自分で思いついたことをまとめただけで特にこのことについて調べていなかったが,目新しいアイディアだとは思っていなかったので一応検索してみた.ちょっと見てみて出てきたページが次の通り:
[1]:Poly-vector - Encyclopedia of Mathematics
[2]:Exterior product - Encyclopedia of Mathematics
[3]:linear algebra - Decomposable elements of $\Lambda^k(V)$ - Mathematics Stack Exchange
[1]ではにあたるものをとして同じことが書いてあったのに加えて,decomposable以外にもfactorable, pure, primeという用語が同じ意味で使われると書いてあった.これらの単語の方が概念に合っていて良さそうだと感じた.[2]には「単項的な-ベクトルはの向きづけられた次元部分空間を定める」という旨の書き方がされていた.[3]では単なる「単項的」より一般的な"-decomposable"という概念が定義されていて,上と同様の議論によって多少一般的な命題が示されていた.(日本語で「-単項的」とか「-分解可能」とするとどうしても違和感があるがこういう場合はどんな訳語をあてるんだろうか.)
(n-1)-ベクトルはすべて単項的
1か月くらい前にブログにしようかと思って結局書いてなかったことを思い出したので書いてみます.
はじめに
まず言葉を定義しておきます.を体,を上の次元ベクトル空間とします.に対しての元を-ベクトルと呼ぶことにします.-ベクトルは一般には
\[ \sum_{i=1}^k v_1^{(i)} ∧ \cdots ∧ v_p^{(i)} \; (v_1^{(1)}, \ldots, v_p^{(k)} \in V) \]
の形に表されますが,のようにの個の元の外積で表されるものは単項的,もしくは分解可能であると言われます*1.
さて,[1]の70ページに次のような記述がありました.
が次元であれば,次のベクトル・コベクトル・捩ベクトル・捩コベクトルはすべて単項的である(証明は各自試みてほしい).
ここで,次のベクトルというのは-ベクトルと同じことです.コベクトル・捩ベクトル・捩コベクトルについてはこの記事では触れません.これを読んだとき,-ベクトルが必ず単項的であることの証明がすぐには思いつきませんでした.良くない癖でこういうときにちゃんと時間をかけて考えずに答えを見つけようと調べてしまうのですが,「単項的」という言葉から英語で"monomial"として色々検索しても結局見つからず,Wikipedia[2]に分解可能(decomposable)という言葉を見つけて[3]の証明を発見しました.この証明は一度わかってしまえば簡単で,大層な命題というわけでもない(と思う)のですが,外積の直観的イメージにも合うしおもしろいと感じたので,自分でまとめ直してブログに残してみようと思った次第です*2.
なお,に関してはほぼ自明です.実際,-ベクトルはの元そのものですし,とはともに次元です.
証明の流れ
として,これが単項的であることを示すのが目標です.ただしは明らかに単項的なので,であるとしておきます.
まず次のような写像を考えます:
\[ f: V → \bigwedge^n V;\; v \mapsto v ∧ \alpha . \]
外積の線形性からが線形写像であることがわかります.そこでのランクがどうなっているかを見てみます.そのためにの基底をひとつとります.このときたちはの基底となるのでした.ここで,は以外のたちを外積したもの,つまり
\[ e_1 ∧ \cdots ∧ \widehat{e_i} ∧ \ldots e_n = e_1 ∧ \cdots ∧ e_{i-1} ∧ e_{i+1} ∧ \cdots ∧ e_n \]
です.これを用いて
\[ \alpha = \sum_{i=1}^n a_i e_1 ∧ \cdots ∧ \widehat{e_i} ∧ \ldots e_n \; (a_1, \ldots, a_n \in K) \]
と表しておきます.すると,外積の交代性・次数付き反対称性を用いて計算して
\[ f(e_i) = (-1)^{i-1} a_i e_1 ∧ \cdots ∧ e_n\]
であることがわかります.つまり,の基底との基底に関するの行列表示は
\[ \left( \begin{array}{c} a_1 & -a_2 & \cdots & (-1)^{n-1}a_n \end{array} \right) \]
です.と仮定していたことを思い出すと,のうち少なくともひとつはではありません.従ってこの行列のランク,つまりのランクはです.
いわゆる「次元定理」により,の核が次元であることがわかります.の基底をとり,さらにがの基底となるようにをとります.新しい基底を用いて,改めて
\[ \alpha = \sum_{i=1}^n b_i d_1 ∧ \cdots ∧ \widehat{d_i} ∧ \ldots d_n \; (b_1, \ldots, b_n \in K) \]
と表します.上と同様に
\[ f(d_i) = (-1)^{i-1} b_i d_1 ∧ \cdots ∧ d_n\]
であることがわかりますが,定義よりなので,はでなくてはなりません.これで
\[ \alpha = b_n d_1 ∧ \cdots d_{n-1} \]
となり,がの個の元の外積で表せました.
証明を振り返って
上の証明は「構成的証明」で,-ベクトルがどのようにして個の-ベクトルの外積で表されるかがよく見えてきます.以下は僕が上の証明に対して感じたなんとなくのイメージで,厳密に何かを議論したりはしていません.
そもそも,外積というのは交代的であること,つまり「同じものどうしをかけるとゼロになること」が重要な性質でした.単項的-ベクトルはとの外積をとるとゼロになります.そこで,単項的-ベクトルはがゼロになるようなを個集めてきてそれらを外積したもの(のスカラー倍)だ,というイメージができます.
ただし,個といっても何でもいいわけではありません.がゼロでないこととが1次独立であることが同値な条件でした.つまり,個の1次独立な-ベクトルが必要なわけです.ここから,-ベクトルとの外積をとるという線形写像の核を調べれば何かがわかりそうだという気持ちになります.
の場合は,上で示したように-ベクトルとの外積をとるというからへの線形写像の核の次元がになるため,は自動的に単項的になるのでした.外積をとる写像の終域が1次元であるということが本質的な気がしています.
一般のに対してはこう上手くは行きません.具体例で見てみます.次元数ベクトル空間においてを標準基底とし,-ベクトルについて考えてみます.このときはいずれもゼロにはなりません.こうして,一般には単項的でない-ベクトルも存在し,そのようなものは「外積をとってゼロになるような-ベクトルたちの外積」としては捉えられないことがわかります.
参考
[1] 谷村省吾『幾何学から物理学へ 物理を圏論・微分幾何の言葉で語ろう』サイエンス社,2019.
[2] 外積代数 - Wikipedia(日本語版),Exterior algebra - Wikipedia(英語版)
[3] differential geometry - $(n-1)$-alternative tensor on E are decomposable - Mathematics Stack Exchange
[4] 斎藤毅『線形代数の世界 抽象数学の入り口』東京大学出版会,2007.
*1:余談.-ベクトルたちの外積に分解されてはいるんですが,そもそも線形結合の形でも単項的ベクトルたちの和に分解されている気がして,「分解可能(decomposable)」という言葉がしっくりきていません.「分解」といえば積なんだろうか?と思ってちょっと考えてみたんですが,行列のJordan分解とか,測度論で出てくるHahn分解,Jordan分解,Lebesgue分解,あとは「直和分解」なんかも和だしそんなことはなさそうです.
*2:そもそも日本語の一般的な教科書でこれについて書いてあるものもきっとあるとは思うので,それを探せばいいのですが,手元にある本には載っていなかったのでインターネットで検索して手っ取り早く解決してしまいました.